☆ ☆ ☆ てんしょうと申します。 うちの二人姉妹がきっかけで、天の声が聞こえる様になりました。 このブログを立ち上げたのも、天の声の後押しがあったからです。 天の声とてんしょう、プリプリ姉妹の、スピリチュアルな日々の出来事を綴っていきたいと思います。 どうぞ、よろしくお願いいたします(*^-^*)☆ ☆ ☆  

きっかけ ㊷ 魂の絆 3

これは、てんしょうの身内の天使さんから聞いた話です。



戦死したマサノリは、お空へと上がって行きました。

そして、迎えに来ていた天使さんに言いました。

マサノリ 「 悔しい。・・・アサと子ども達を守ってやれない。
・・・母さん、何でこんな戦争なんかに・・・。」

その天使さんは、マサノリが8才の時に亡くなった母、フジエでした。

母フジエも、我が子の早過ぎる死に、心を痛めていました。


それからのマサノリは、アサと子ども達をずっと見守り続けました。


ジュンが病気になり、どうしようもない状態になり、お空に上がらねばならないと知り、自分が側にいてやれない悔しさと申し訳なさで、心を打ち砕かれていました。



ジュンがお空に上がる時、マサノリはジュンの側に行き、そっと手を差し伸べました。

ジュンは、お父さんの顔を見つめ、笑顔で涙を流しました。



マサノリとジュンは、約束をしました。

" また、親子になろう。
お父さんが先に生まれるから、ジュンは、お父さんの所に生まれてきなさい。
今度は絶対に離れないから。
お父さんが守るから。"




ジュンは約束通り、マサノリの元に生まれてきました。



プリ江がそのジュンでした。



















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手からモアモア

てんしょうは、プリプリ姉妹が腹痛や頭痛になると、よく手を当てがって、" なおるなおーる。なおるなおーる。" とおまじないをします。

プリプリ姉妹にまだチカラがあった頃、夜寝る時に何気なくプリプリ姉妹のお腹に手を当てていたら、プリ子が、" ママの手から黄色いモアモアが出てる " と言いました。

手をお腹から少し離し、どれ?と見ていると、てんしょうには見えませんでしたが、手の平から薄い黄色のモヤっとした物が出ていて、それが当たっている所が温かくて気持ちいいと言うのです。

それから、" なおーるのおまじない " をする様になりました。

よく、子どもがどこかにぶつけたりして痛がっていると、お母さんが痛い所に手をやり、" 痛いの痛いの、飛んでいけ!" としますが ( 今の若いお母さんはしますか? これも昭和でしょうか?) 、これにも意味があるのだなあと思いました。

皆さまも、大切な人が辛そうにしている時、お薬を塗ったり、痛い所を撫でたりしながら、" なおーるのおまじない " をしてみてください。

本気で治すという気合いもお忘れなく!
( 記事 " 祈る時 " にも書きました気合いです!)



天の声 「 どなたからも、手の平からチカラが出ています。
大きい小さいはありますが、てんしょうさんの様に、我が子を治したいという、熱い思いがあれば、チカラを発揮します。
もちろん、症状が酷ければ、医者に診せてくださいね。」



















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☆ てんしょう おすすめのひとしな ☆

" なおーるのおまじない " の時、リラックスしてもらう為、アロマスプレーをお部屋にひと吹き。

てんしょうは寝室にラベンダーのアロマオイルを置いています。


皆さまも おひとついかがですか?

               ☆ てんしょう ☆

きっかけ ㊶ 魂の絆 2

エイジ君達から聞いたプリ子とエイジ君の前世。

夫婦でした。

つまり、てんしょうの祖父母だったのです。

二人がお空でラブラブだった意味は分かりました。

そして、てんしょうの身内だった天使さんから聞いたてんしょうの前世。

これまた、プリ子の前世の夫でした。



プリ子の前世アサが、家庭を持った後、時代は第二次世界大戦に突入していました。

その頃のアサの夫、それがてんしょうの前世、マサノリでした。

マサノリは33才の時に、その戦争によって死にました。

妻アサと、幼い3人の娘を残して。



幼い子供達、ヨキ、ミオ、そしてジュン。


ヨキはてんしょうの母、ミオはお寺の尼僧でてんしょうの叔母。

ジュンは、マサノリの次女でした。


★     ★     ★     ★     ★     ★     ★     ★

マサノリ家族は当時裕福で、幸せな暮らしをしていました。

家の塀の周りは1km程あり、女中さんが何十人といて、その女中さんを取りまとめる支配人もいました。


ヨキが幼少の頃、朝起きると、父マサノリのおんぶで庭の畑まで行き、朝露に濡れたトマトをもいで、父の履く下駄の音を背中で聞きながら家に戻りました。
そして、もぎたてのトマトを台所に立つ母アサに渡し、朝食で出してもらいました。


ヨキが4才の時、ヨキはアサに叱られ、門の外に出されました。
ヨキは長い塀の周りの道のりをぐるりと歩き、裏戸のある所まで来ました。
そーっと中に入ると、マサノリが来て、" お母さんに叱られたか?" と言って優しく頭を撫でました。
夫婦の連携だった様です。




ある日、マサノリに赤紙 ( 軍の召集令状 ) が届き、戦争に出て行かねばならなくなりました。

初めの頃は、訓練という事で、何ヶ月かすると帰って来ていました。

帰るなりマサノリは、幼い子ども達の成長を確かめる様に、" 大きくなったなあ。"と言いながら、一人一人抱き上げました。

そして、アサの事も抱き上げて、" 大きくなったなあ。" と冗談を言いました。

アサは、" 恥ずかしいから下ろしてください。" と顔を赤らめていました。





出征の日の前日。

アサは、1年生のヨキに、学校から早く帰る様に言いました。

ヨキは、片道5kmある道のりを急いで帰りました。

マサノリは、妻アサと、子ども達3人を前に言いました。

ヨキ6才、ジュン5才、ミオ1才。


" ヨキ、ジュン、ミオ、おまえ達は、お母さんのいう事をよく聞いて、お母さんを助けなさい。良い子でいるのですよ。
アサ、自分が戦死したら、子ども達の為にも、再婚してくれ。"

アサは、" そんな事言わないでください。
" と言いました。



翌日、眠っていた1才のミオの寝顔を見ながら、マサノリは、" 出かけてくる。" と言いました。

アサはジュンを抱き、ヨキの手を引き、門の所からずっと、マサノリの背中を見送りました。






マサノリが出征し、アサと幼い子ども達は、マサノリ宛に石けんなどの生活用品と一緒に手紙を送る様になりました。

送ると、マサノリから返事の手紙が届き、子ども達もマサノリの手紙を心待ちにしていました。


" 今、沖縄にいる。
小学校に駐屯しているが、子ども達の歌声を聴くと、幼稚園で習ってきたヨキの歌を思い出す。
上手に歌っていたなあ。

これからは、軍の命令で、自分の駐屯場所を教える事ができなくなる。

皆、元気でいなさい。"


 


戦争は悪化の一途を辿っていきました。



いつもの様にマサノリ宛に生活用品と、その時期に獲れた栗と手紙を送りました。

ですが、送った物まるごと送り返されて来ました。


皆、泣きました。

送った物が送り返されるという事がどういう意味を成すのか、分かっていました。


その後、次女ジュンは病に倒れました。

アサは片道4kmの病院までの道のりを、ジュンを背負って通いました。

ジュンは、病の床に伏しながら、ずっと、ずっと、" お父さんに会いたい。お父さんに会いたい。" と言いました。


" お父さんに会いたい。" と言い続け、6才の夏、亡くなりました。


その後、ミオも同じ病気にかかりましたが、ミオは入院して命が助かりました。

アサも疲労がたたったのか、病気になってしまいました。

ですが、幼い子どもの世話の為、床に伏す事もできずにいました。



終戦を迎えました。


近所に住むお友達のお父さんは戦争から帰ってきました。

その日、ヨキは再び一晩中泣きました。


" ヨキのお父さんは、何で帰って来ないの。"






当時、アサ達の住んでいる所は外国でした。

日本国敗戦の為、日本に引き揚げなくてはならなくなりました。

広い土地も家も、財産全てを取り上げられました。

手元に残った物は、マサノリが愛用していた金の懐中時計のみでした。



アサは背中にミオを負い、ヨキの手を引き、引き揚げ船に乗り込みました。

引き揚げ船は、多くの人でごった返し、甲板にも人が溢れ、船が揺れると甲板に海水が流れ込みました。


乗り込む前、荷物検査があり、金品は没収されました。

女性は個室に連れて行かれ、裸にされて、服に隠し持った物を皆取り上げられました。

それを知った人達は、取り上げられるくらいならと、海に捨てていました。

アサは、マサノリの形見だけは、どうしても渡したくないと思い、どうにか荷物検査をくぐり抜けました。

検査を終えた人の後ろから、子ども達と付いて行ったのです。

ごった返していた為、誰にも気付かれませんでした。


帰国後、何も無い状態で、何も無い日本に引き揚げてきた為、その金の懐中時計をお金に換えなければいけなくなりました。

ですが、親子3人生きる為には、致し方のない事でした。

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★線の中の話は、てんしょうが子どもの頃、よく寝る前にお布団の中で、祖母アサと母ヨキから聞いていた話です。


長くなりますので、次回に続きます。











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