今日、 " 3.11東日本大震災 " から9年の時が経ちました。


" 9年経ったか " という、何とも言えない気持ちになります。



14時半過ぎ、パパ夫から電話が来ました。

" 今、会社で黙祷していた。" 





3.11の1か月程前に、誰一人、知る人もいない東北の地に、幼いプリプリ姉妹を連れて引越して来ました。

引越し当日の新幹線のダイヤの乱れで、ぎゅうぎゅう詰めの車内に2時間押し込められ、引越して早々、愛車Aのボディに大きく " バカ " と傷付けられ、引越し荷物を片付けながら、心身共に疲弊している所に、あの3.11が襲ってきました。


過去記事にも書いていますが、てんしょう家族も、あの大津波にのまれていたかもしれない状況でした。
( カテゴリ " 震災 " に当時の事を詳しく書いた記事がございます。)

今こうして、生きて、このブログを書かせていただけるのは、全て神様の御力でした。

家族で海辺の町に出掛けるのを阻止してくださったのです。


てんしょうは、あの時の事を思い、今を生きられる事に、改めて神様に感謝の気持ちをお伝えしました。




当時、4才になったばかりのプリ子と2才だったプリ江は、今年2人とも中学生になります。

プリ江には、震災の記憶があまり残っていない様です。

プリ子には当時の記憶があり、大きな地震の揺れで、咄嗟にテーブルの下に潜り込んだ事も覚えておりました。



あの頃のてんしょうもパパ夫も、プリプリ姉妹を守るのに必死でした。

ライフラインが止まり、物流も止まり、水・食料不足に陥り、皆、水を求めて彷徨っていました。


そんな中、パパ夫は言いました。

" 俺たちは、何も失っていない。"


今思えば、そのパパ夫の言葉で、てんしょうも心を強く持てた気がします。


3.11では、多くの尊い命が奪われ、多くの大切な財産が流されてしまいました。

震災により、失われたものがあまりにも大き過ぎて、受け止められなくなっていたのです。


電気が復旧し、テレビが見られる様になると、その被害状況が分かってきました。

その頃のテレビでは、ずっとACジャパンのCMが流れていたのを、プリプリ姉妹が覚えていました。


津波の被害は、PCを開いていたパパ夫がネットニュースで知る事となりました。

福島原発の爆発もネットで知り、その時のてんしょう家族は外に出ていなかったか、夫婦で必死に記憶を辿っていました。

今も、当時の映像を見ると、その時の事を思い出し、目を背けたくなります。





あれから9年が経った今、世界は " コロナウイルス " と闘っています。

日本でも、国全体で異例の事態が起こっています。


何の試練かという思いもありますが、この様な時だからこそ、一人一人が心を強く持ち、デマに惑わされる事なく、後悔する事のない日々を過ごす事が大切なのだと改めて思います。

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