大地震のあった夜中、何度も余震がありました。

てんしょうもパパ夫も、あまり眠れずにいました。

東の空が白み出し、車の外に目をやりました。
辺りは薄っすら雪が積もっていました。

踏切の警告音は、鳴り止んでいました。

音の無い世界の様でした。


午前7時、パパ夫が車を出ると、ドアの音にプリ江が目を覚ましました。

パパ夫について、プリ江は先に部屋に戻りました。

プリ子もじきに目を覚まし、てんしょうと一緒にしばらくの間、車の中でぼーっとしていました。

てんしょうは、部屋へ戻る気力がありませんでした。

引越しから1か月余り、ようやく荷物が片付き、落ち着いたところに、この様な目にあってしまったからでした。

これではいけない、と思い直し、プリ子を連れ、部屋に戻りました。

昨日、部屋を出た時よりひどくなっていました。

パパ夫は、キッチンの足元に敷いてあったマットを、玄関先ではたいていました。

入れ足したばかりの、いっぱいだった砂糖のポットがひっくり返り、マットの上に全部こぼれていたからでした。

マットのうえの砂糖は、地震の揺れに合わせて左右に移動し、まんべんなく広がり、床にまで広がりを見せていました。

それを見ていながらも、てんしょうは、それをどうにかしようという気力が湧いてこなかったのです。


ライフラインは、全て停止していました。

信号機も、町も、店も、自販機も、何もかもが暗くなっていました。

 


パパ夫は、部屋の片付けを始めました。
てんしょうも気を取り直し、片付けだしました。

昨夜、車の中で、" こんな事なんかで、むし歯にさせてたまるか "と、プリプリ姉妹の歯を磨いていた自分を思い出し、この子達の為にも頑張らねばと、気持ちを引っ張り上げていたてんしょうでした。


 
幼いプリプリ姉妹は、親の邪魔をする事なく、大人しくふたりで遊んでいました。
ですが、余震は一向に収まらず、揺れる度、親に言われる前にテーブルの下にもぐり込んでいました。

そうこうしている内に、ふたり寄り添う様にテーブルの下で眠ってしまいました。

プリ江 「 じちん、こわい・・・。」

2週間程前、3才になったばかりのプリ江の寝言でした。
てんしょうは、その幼い言葉に胸が痛くなりました。





パパ夫は、情報を得ようと、ネットを見ていました。

画面には、目を疑う様な光景が映し出されていました。

" 津波 "


そこは、昨日、家族で向かおうとしていた海辺の町でした。


























6年半余り経った今も、地震や津波被害に遭われ、家や財産を奪われ、ご家族の尊い命を奪われた方々が、辛く苦しい思いを胸に、それでも復興に向けてお力を尽くしておられます。

日本各地、世界の国々でも、地震や洪水などの災害に、大変な思いをなさっておられる方々が大勢いらっしゃいます。

どうぞ、皆様が救われ、復興への道が明るく照らされます様に、お祈り申し上げます。



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