震災

☆ ☆ ☆ てんしょうと申します。 うちの二人姉妹がきっかけで、天の声が聞こえる様になりました。 このブログを立ち上げたのも、天の声の後押しがあったからです。 天の声とてんしょう、プリプリ姉妹の、スピリチュアルな日々の出来事を綴っていきたいと思います。 どうぞ、よろしくお願いいたします(*^-^*)☆ ☆ ☆  

3.11から8年が経ちました。

こちら仙台では、何日か前にも、小さな地震が何度かありました。


東日本大震災から8年。

当時、プリ子は4才、プリ江は3才になったばかりでした。


その時の事は、過去記事にも記しました。
( 2017.9.25 " タロットカードと3.11" 、2017.9.26 " 3.11 津波 " 、2017.9.27 " 震度7と神様 " をご覧くださいませ。)


今でもプリプリ姉妹は、ほんの小さな揺れにも反応して、テーブルの下に潜り込んでいます。

幼い頃に体験した地震の怖さは、忘れてはいない様です。


地震だけでなく、地震から起こる津波も恐ろしいものでした。


てんしょう家族4人、あの日の選択を間違えていたら、今こうして生きてはいられない状況でした。

家族4人、海辺の街へ向かおうとしていたのです。

その時、それまで元気だったプリ子が、車中で吐いてしまいました。

一度も車酔いをした事がなかった、プリ子の体調を考え、家に帰ろうと言った、パパ夫の決断。

その時は " 決断 " なんて、大袈裟には思っていませんでした。


けれど、この一連の出来事は、平日でしたがパパ夫が会社を休み、家族4人が一緒にいられた事を含め、全て神様がなさった事でした。

てんしょう家族4人を地震や津波から守る為。

離れ離れにさせない為。



神様のお手配がなければ、4人とも津波にのまれていました。



この大地震・津波で亡くなられた方々は、1万5千人を上回りました。

行方不明の方も、未だ数千人いらっしゃいます。

お身内や見知った人が津波にのまれるのを、目の当たりにされた方も大勢いらっしゃいます。


当時の、その地の神様方、仏様方は、一人でも多くの人々をお救いになる為に、あちこちでお力を尽くしておられました。

それでも、救えきれなかった多くの命に、胸を痛めておられます。




生き延びる事ができた私達は、生きねばなりません。

そして、10年経とうが、100年経とうが、この事を忘れてはならないと思います。

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平成30年北海道胆振東部地震 最大震度7

昨日午前3時8分、北海道で最大震度7の地震が起きました。



昨日早朝より、テレビで被害の状況を放送しておりますので、皆さまもご覧になっておられる事と思います。

お亡くなりになった方や、怪我をなさった方、安否不明の方も多くいらっしゃいます。

テレビでは、安否の分からないご家族の名を叫んでおられる男性が映し出されていました。

7年前の東日本大震災を思い出し、行方の分からぬご家族が生きてお戻りになると信じ、待ち続ける方々のお気持ちを思うと、胸が苦しくなります。



地震直後、北海道全域の295万戸が停電したそうです。

被害に遭われた方は、電気が止まり、また断水で水にも困っているとの事で、東日本大震災で経験した事に重なりました。


水が無いという事は、本当に困りました。

当時、飲料水や食料を求めて、てんしょうを含めた多くの方が街をさまよっていました。

ですが、停電の為に店は開けられず、自動販売機も同じく動きません。


ライフラインの復旧作業をなさっておられる方ご自身も被災されており、その方にもご家族がいらっしゃると思うと、頭の下がる思いでした。


皆、大変な思いで日々を過ごし、ライフラインの復旧を待っていました。



今回の地震では、津波の心配は無いとの事でしたが、液状化現象が発生して、地面が泥沼の様になり、家が傾き、道路が陥没し、泥に腰まで埋まって動けなくなっている方もいらっしゃる状態でした。

また、道内に泊原子力発電所があり、その発電所施設の心配もあります。




今、日本全国で地震や洪水、台風被害などが続いております。


災害が起きる度、神様仏様は人間をお守りくださる為にお働きくださいます。

神社のお社が倒壊したり、御神木が折れたりするのは、神様方が私達人間をお守りくださる為、神社にはご不在だからだそうです。

上記の事を、神様からお聞きした時、涙が溢れました。

それほどまでに、私達人間を大切に思い、お守りくださっておられるのです。


昨朝のニュースでも、建物が倒壊している神社が放送されていました。

その神社の神様のお力で救われた、多くの方々がいらっしゃる事と思います。



復興には長い年月が掛かります。

てんしょうは、祈る事と募金で協力させていただきたく思っております。




北海道にお住まいの方々には、まだ余震の恐れがあります。

東日本大震災の時も、あの地震から1か月程後に、停電するほどの余震がありました。

身の安全を第一になさっていただきたく思います。



被災された皆さまへ、心よりお見舞い申し上げますと共に、一日も早く、安全な日常が戻ってきます様、お祈り申し上げます。

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大阪地震 震度6

昨朝7時58分、大阪府で震度6弱の大地震がありました。


ニュースでは次々と速報が入り、火事、道路陥没による水道管破裂、生き埋め、小学生9才女児がプールの壁に挟まれ心肺停止、という情報が入ってきました。


ニュース画像から、地震の被害状況が伝わってきてます。


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絵の書いてある壁の上半分が歩道側に倒れ、そこを歩いていた少女が、壁と道路の間に挟まってしまいました。

少女は心肺停止の後、死亡と報道されていました。


少女を思うと、胸が痛くなります。


神様、どうぞ少女が迷わぬ様、お空へとお導きください。





7年前、てんしょう家族がこの仙台の地に引越して1か月後に、東日本大震災が起きました。


知らない土地で、幼いプリプリ姉妹を守りながら、毎日が必死だった事を思い出します。

( この時の事は過去記事もあります。2017.9.25 " タロットカードと3.11 " 、2017.9.26 " 3.11津波 " 、2017.9.27 " 震度7と神様 " をご覧くださいませ。)




地震大国日本に住んでいる限り、逃れようもありません。




地震の被害が、これ以上大きくなりません様に、被害に遭われた方々が、一日も早く日常を取り戻せます様に、心よりお祈り申し上げます。

そして、お亡くなりになった方々の、ご冥福をお祈りいたします。

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東日本大震災から7年が経ちました。

7年前の今日、午後2時46分。



マグニチュード9.0・最大震度7の大地震が、東北と関東を中心とする広い範囲に渡って、襲い掛かってきました。

また、国内観測史上最大の津波 ( 遡上高 40.5m ) が甚大な被害をもたらし、亡くなられた方は1万5千人を超え、津波にのまれ行方不明になられた方は何千人とおられ、今も捜索は続いています。




当時、全てのライフラインが停止し、夜には街中が不気味な暗闇に包まれました。

この時のてんしょう家族が体験した事は、過去記事に載せています。

( 2017.9.25 " タロットカードと3.11 " 、2017.9.26 " 3.11 津波 " 、2017.9.27 " 震度7と神様 " をご覧くださいませ。カテゴリ震災で出ます。)






あの日々の事は忘れられません。


震災時、プリ子は4才で、プリ江は3才の誕生日を迎えたばかりでした。


パパ夫は夜寝る前になると、大鍋に水を入れ、石油ストーブでそれを沸かし、体の小さなプリプリ姉妹を一人ずつ台所のシンクの中に座らせ、てんしょうが交互に頭と体を洗いました。

その後、パパ夫は沸かした湯を何本もペットボトルに詰めてくれ、てんしょうも頭と体をお風呂場で洗いました。

パパ夫は、これを1日おきに続けました。

そして水が無くなると、水の出る公園を探しだし、夜になると、大きなプラスチックの衣装ケースに水を汲んできました。

自転車で15分程の所にある公園です。

着替えも、下着だけは毎日取り替えて、汚れ物は、パパ夫が公園に水を汲んで来る時に、公園の水道で洗濯をしてきてくれました。

東北の3月は冬の様に寒く、水も氷水の様に冷たい為、10秒と手をつけていられない程です。

食料の配給があると聞くと、自転車で駆け付け、並んでもらってきてもくれました。

パパ夫は私達家族に、震災前の様な、不自由の無い、清潔を保った生活をさせたかったのだと思います。




パパ夫はよく、" 俺たちは、何も失ってはいない。 " と言っていました。

それは、自分にも言い聞かせていたのだと思います。






てんしょう自身も、必死だった様に思います。

その時はただ、プリプリ姉妹にひもじい思いをさせない様にと、それだけだったと思います。

震災から1週間もすると、スーパーが個数限定で販売をする様になりました。

流通経路が断たれ、品揃えも少ない為、一度に10品しか買えず、プリプリ姉妹を家に置いて、何度もスーパーまで往復した事もありました。


水道が使えなくなって数週間たったある日、住んでいるマンションの雨どいの排水口から、大量の水が溢れてきているのを見つけました。

水道が復旧したと聞いたのに、マンションの蛇口から水が出なかったのは、屋上の水タンクが地震の揺れで破損して、全部屋上に流れ出て、雨どいから排水口に出てきていたからでした。

てんしょうはすぐに、パパ夫がいつも公園に持っていっていた大きなプラスチックの衣装ケースを持って、排水口に向かいました。

一日に4回5回と、排水口と3階の自室まで往復しました。

何リットル入っているのか分かりませんが、火事場の馬鹿力でしょうか、運んでいる時はあまり重さを感じませんでした。


この様な事が何日も続きました。




この当時の日々の生活、被災者の方、皆が同じ様に必死だったと思います。




今プリプリ姉妹が通っている小学校は、その頃、しばらくの間、避難所になっていました。

沿岸部から避難されて来た方も多くいらっしゃったと聞いています。


実際、プリ子の同級生にも、両親を津波で亡くし、おばあちゃんに引き取られているという子がいました。

そのおばあちゃんは、" しばらくの間、この子の夜泣きがひどくて、本当にどうしてよいのか分からない時があった。" と仰っていました。

わずか4才で、両親を一度に亡くした幼い心を思うと、何とも言えない苦しい気持ちになりました。





てんしょう家族もあの日、海に向かって車を走らせていました。

被害の大きかった石巻です。

神様がそのおチカラでプリ子の体調を崩させ、その為、パパ夫がこのマンションまで戻ると即決した事により、津波を免れる事ができました。

そのまま海に行っていたら、時間的にも家族皆、津波に飲み込まれていたと、神様は仰います。

てんしょう家族は救われた命です。







津波被害のあった沿岸部にある、寺社の神様仏様も、できる限りのおチカラでもって、被害を抑えようと尽くされておられました。


1896年 ( 明治29年 ) 6月15日19時32分、三陸沖で発生した地震と津波により、2万人以上の方が亡くなられました。


神様仏様は、その100年余り前の事を覚えておられ、必死になって、津波を抑えようとなさっておられたのです。


大勢の犠牲者が出た津波被害に、当時 " 神や仏はいないのか?" と思ってしまっていたのですが、チカラを授かった今なら理解する事ができます。


大勢の大切な命が失われてしまった事も、その方々が生まれる前から天で決まっていた事で、魂はそれを理解しこの世に向かいますが、その魂が肉体に入る事により、天では分かっていた事の全てが、記憶から消えてしまうのです。


それでも、その土地をお守りくださっている神様仏様、人間一人一人をお守りくださっている神様仏様、その全てのお方々は、一人でも多くの命を救いたいとお思いになり、おチカラを尽くされました。


これらの事は、天の声から教えていただいた事です。
 





数年前、てんしょうが津波被害のあった海の近くの、小高い丘にある神社をお参りしていた時の事です。


てんしょう 「 二度とあの様な被害が出ません様に、亡くなられた方々が皆、お空に導かれます様に。

神様、どうぞこれからも、この海の街に住む人達をお守りください。」

神様 「 てんしょうさん、津波で亡くなった人々は皆、天に導かれていきましたよ。

守り切れなかったという思いは残り、辛うございますが、あなたの願いの通り、これからもこの街の人々を守っていきます。」


神様は、津波で亡くなられた方々への思いと、今を生きる人達をお守りするという強いご意志、お心をお伝えくださいました。





神様仏様は、いつも私達人間の事をお思いになられ、お守りくださっているのだと、改めてそのお心の内を知る事になったのでした。








東日本大震災で命を亡くされた方々のご冥福をお祈りいたします。

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風の電話ボックスで

いつだったかテレビで、岩手県大槌町の、海を見下ろす丘にある " 風の電話ボックス " の事を放送していました。



その電話ボックスは、2010年に亡くなったお身内とお話がしたいと思われた、ある男性が設置したものでした。




その翌年、大震災で亡くなられた家族や友人、大切な人と話がしたいと思われる方々が訪れるようになりました。



白い電話ボックスに、線の繋がっていない黒電話と一冊のノート。

ノートには、訪れた方々の思いが綴られています。




テレビには、6年前、震災の津波で亡くなった女の子のお母さんが映っていました。


お母さんは涙しながら、受話器に向かって女の子の名前を呼び、静かに話しかけておられました。


てんしょうには聞こえていました。

電話の向こうの女の子の声。

「 お母さん、泣かないで。
私は大丈夫だよ、お母さん。」

でも、女の子は電話の向こうではなく、お母さんの横に立って、お母さんの頰に流れる涙を、その指でそっと拭っていました。




てんしょうは、できる事なら、その女の子の声を、お母さんに届けて差し上げたいと思いました。


6年前、てんしょう家族も、津波に飲み込まれていたかもしれなかった身です。

身につまされる思いで見ていました。

( その時の記事は、2017.9.25 の " タロットカードと3.11 "、2017.9.26 の " 3.11 津波 " 、" 2017.9.27 の " 震度7と神様 " をご覧くださいませ。)





亡くなられた方々は天使さんになって、いつもお空から大切な方々を思い、見守っておられます。



今日もきっと、風の電話ボックスには、黒電話の受話器を握り涙されている方に、天使さんがそっと寄り添っていらっしゃると思います。






下の写真には、津波被害のあった復興途中の、海岸沿いの町が写っています。

家は基礎しか残っておらず、枯れた夏草が風に吹かれていました。





















  

海岸の側にいらっしゃる観音様です。

亡くなられた方々をお導きくださっています。



















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☆ てんしょう おすすめのひとしな ☆

" スワロフスキー " のお数珠。

キラキラして、ブレスレットみたいです。

亡くなってしまった大切な方のお墓参りに。


皆さまも おひとついかがですか?

               ☆ てんしょう ☆